母の涙を
誇りに変えて
4人姉弟の長男として生まれた僕は、体が弱く学校よりも病院の天井を見上げている時間ばかりでした。そんな私の唯一の光は、母の存在でした。手を握り励まし続けてくれたお母さん。疲れ果てても私の前では決して弱音を吐かない強い人でした。
しかし、当時の僕は、走り回る同級生を眺めては「どうして自分だけ」という黒い感情が溜まり、反抗期を迎えました。そして16歳の時、喧嘩で警察沙汰を起こしてしまいました。母は、叱り飛ばすわけでもなく、ただ静かに肩を震わせて泣いていました。
「二度と悲しませたくない、お母さんを安心させたい」
その一心で、職人の世界に飛び込みました。
仕事は充実し、結婚、子宝にも恵まれましたが、価値観の相違から離婚。私は3歳と6歳の子を引き取り、片親として生きる道を選びました。
現実は過酷なもので、早起きして子どもたちの準備。仕事が終われば休む間もなく家事・育児。重圧に押しつぶされそうになりながらも、「俺が絶対に守る」と奮い立たせる毎日でした。
預け先が見つからない日は、厳しい言葉を覚悟で、現場に子供たちを連れて行くこともありました。しかし、そこで待っていたのは、お客様の優しさでした。温かく迎え入れてくれるお客様に触れたとき「自分があるのは、この方々のおかげだ」と心が震えました。
「お客様に恩返しし続けたい。」
そのために独立をしました。一生涯を懸けてお客様と母と家族に恥じぬ仕事を届け続けます。